Diary_igarashi(2025/04/16)
天使の歌声
今日は早番だったので、少し時間ができた。
仕事を終えて、ふと思い立ち、千早バスターミナル前広場に足を運んだ。
篠塚さんがいつもあの場所で歌っていると言っていたのを、ふと思い出したからだ。
夕方の広場は、思っていたよりも静かだった。
彼女はアコースティックギターを抱えて立っていた。
ゆるやかに風が吹いていて、彼女の髪と声が、空気をすっと通っていった。
カバー曲を何曲か。
二人、三人と足を止める人がいたが、しばらくするとそれぞれの方向へ歩いていった。
決して、たくさんの人が集まっているわけではなかった。
私が少し近づくと、篠塚さんは一瞬だけ驚いたような表情をして、
それからふわりと、笑った。
そして、少し間をおいて、こう言った。
「それでは次の曲、聴いてください。目隠しの恋」
そう紹介されたその曲は、
見たことのない文通相手に恋をする少女が、
遠く離れた存在に手を伸ばし、
いくつもの困難を超えて、ようやくたどり着く――そんな物語だった。
ギリシャ神話のとある二人をもとにした曲だと、
たしかいつかの休憩時間に聞いたような気がする。
私はただ、立ち尽くして聴いていた。
まっすぐな愛が、とても美しかった。
透き通った声だった。
天使のような――と、こういう表現は安っぽいのかもしれないけれど、
他に言葉が見つからなかった。
広場には、もう誰もいなかった。
私と、彼女だけだった。
彼女の歌声が、まるで私だけに向けられているように感じた。
その瞬間、自分の中に芽生えていた感情に気づいた。
胸の奥が、不思議なかたちをして脈を打っていた。
私たちは、あの神話の二人のようだ。
この曲は、私のためだけに作られたのだ――と、
不思議と、そう確信した。